幸福駅とは

004.幸福・幸福駅全体①005.幸福・駅舎看板アップ「幸福駅」とは、北海道帯広市幸福町にある旧・国鉄・広尾線沿線内の駅名です。
1987年に広尾線は廃線され、それに伴い駅舎も廃駅される予定でしたが、駅名の縁起の良さ、また、幸福駅ブーム以降も観光客が訪れていることから、廃線後も観光地として存続することになり、人々に幸せを実感していただく『観光ポイント』として生まれ変わりました。
















幸福駅の歴史

006.幸福・歴史看板1897年に福井県からの集団入植が行われる前の幸福町周辺は、アイヌ民族により「サツナイ」と呼ばれる地域でした。尚、サツナイとは「乾いた川」を意味し、近隣を流れる札内川を指します。

入植者は、この「サツナイ」に「幸震」という漢字を充てたようです。「ナイ」が「震」になった理由は、古語で地震のことが「なゐ」と言われていたことに由来します。

その後、福井県からの入植者が多いことから、この地域の集落名を「福井」の一字を充当して「幸福」と名付け、現在の「幸福町」に至ります。

鉄道駅としての歴史は浅く、1956年(昭和31年)8月、現在の幸福駅に仮乗降場が設置され、3カ月後の11月1日に駅として運営を開始しました。

しかし、広尾線自体が赤字路線であり、度重なる廃線論議の末、とうとう1987年(昭和62年)2月2日をもって広尾線が廃線。幸福駅の鉄道駅としての活動は、約21年足らずで終止符を打ちました。

鉄道駅としての寿命は短かいものでしたが、存続を求める声が多かったため、観光ポイントとして新たに再整備され、人々へ幸福をおすそ分けする『観光駅』として再出発しました。


幸福駅ブーム(愛の国から幸福へ)

007.ホーム看板008.幸福・ブーム1973年3月、NHKの紀行番組「新日本紀行」において『幸福への旅~帯広~』が放送され、「幸福駅」の駅名が全国的に知れ渡ります。
もともと一部の旅行者の間で、旧国鉄・広尾線の沿線上に、縁起の良い駅名が並んでいることは有名でしたが、東京でアイデア雑貨を営む飛田和義行(ひだわ よしゆき)氏は、沿線上の「幸福駅」と「愛国駅」に着目します。この縁起の良い駅名を全国にPRし、赤字続きの広尾線の乗降客数アップの手助はできないものか。そこで仕掛けた雑貨が、「愛国から幸福行き」という駅区間切符の一般発売です。
この仕掛けは大成功で、前年1972年には7枚しか売れなかった「愛国-幸福」間切符が、この年は300万枚。以降4年間で1000万枚を超える『幸福駅ブーム』を巻き起こしました。
このブームにより、「幸福駅」には多数の観光客が訪れるようになりましたが、広尾線の赤字経営は解消されませんでした。というのも、広尾線は1日6本程度と利便性が悪く、結局、観光客の主要アクセスは、路線バスや自家用車になってしまったからです。
赤字路線の広尾線は廃線になりましたが、「幸福駅」はこれからも『幸福のスタート地点』としての役割を担っていきます。





幸福きっぷ

101.幸福キップ

旧国鉄・広尾線の駅名の中でも、特に縁起の良さそうな「愛国駅」と「幸福駅」の2つの区間を商品化したものです。通称は「幸福きっぷ」。
「愛」、「幸福」という心が温まり、幸せが舞い込んできそうな2つの言葉が挿入されていることから、旅行者をはじめ、特に恋人同士に受け入れられ、一大ブームを巻き起こしました。
発売から39年経つ現在でも、幸福駅の売れ行きNO.1の土産品として、不動の地位を継続しています。

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